生駒市デジタルミュージアム 最終更新日:2016年06月15日
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いこま歴史散歩
先史時代から奈良時代へ 平安時代から南北朝時代へ 室町時代へ 安土桃山時代へ 江戸時代へ 明治時代から大正時代へ 昭和時代から平成時代へ


先史時代から奈良時代
時代 西暦〔元号〕 生駒のおもなできごと 生駒の文化財
所在場所
生駒の文化財名称 日本史・世界史
旧石器 12万年前       砂原遺跡
旧石器 3〜4万年前       野尻湖遺跡
縄文 1万年前       日本が大陸からはなれる
縄文         稲作が伝わる
弥生   市内各所に集落が出現する 中菜畑一水口遺跡西畑遺跡萩原遺跡 中菜畑一水口遺跡西畑遺跡萩原遺跡  
弥生 57       倭の奴の国王が漢に使いを送る
古墳

3世紀初め

      大和政権の成立
古墳 239       卑弥呼が魏に使いを送る
古墳 300年代後半 竹林寺古墳が築造される   竹林寺古墳
竹林寺古墳の写真
 
古墳 4世紀末頃 豪族居館が作られる 一分コモリ遺跡 一分コモリ遺跡  
古墳 391       倭、百済・新羅と戦う
古墳 413       倭王、中国に使いを送る
飛鳥 593       聖徳太子が摂政となる
飛鳥 607       小野妹子を隋に遣わす(遣随使)
飛鳥 630       遣唐使を初めて遣わす
飛鳥 645〔大化元〕       大化の改新
飛鳥 658       有間皇子紀州藤白坂で斬殺される
飛鳥 672       壬申の乱
飛鳥 694       藤原京に都を移す
飛鳥 699       役小角〔えんのおづぬ〕、妖言をなしたという理由で伊豆へ流刑される 『続日本紀』
飛鳥 707〔慶雲4〕 行基〔ぎょうき〕、生馬山房〔いこませんぼう〕に移る 『行基年譜』      
奈良 710〔和銅3〕       平城京に都を移す
奈良 712〔和銅5〕 高安烽〔たかやすのとぶひ〕を廃して高見烽(場所は生駒山か)を置く 『続日本紀』     『古事記』完成  「長髄彦〔ながすねひこ〕と神武天皇が戦いの記術」
奈良 720〔養老4〕       『日本書紀』完成  「長髄彦〔ながすねひこ〕と神武天皇が戦い」の記述  「有間皇子邸市経〔いちぶ〕」の記述  「空中に竜に乗れる者葛城嶺より馳せて胆駒〔いこま〕山に隠れる」記述
奈良 728〔神亀5〕       美努岡萬〔みののおかまろ〕没(67歳)
奈良 730〔天平2〕   美努岡萬〔みののおかまろ〕墓(奈良県指定史跡)
美努岡萬〔みののおかまろ〕墓の写真
美努岡萬連墓誌〔みののおかまろむらじのぼし〕(重要文化財)東京国立博物館蔵  
奈良 730〔天平2〕 『大倭国正税帳』に「往馬神戸〔いこまかんべ〕」の記載      
奈良   生駒古窯跡群の操業がはじまる   高山3号窯跡俵口北窯跡生駒山北方窯跡庄の谷遺跡  
奈良 743〔天平15〕       墾田永年私財法
奈良 749〔天平21〕 行基〔ぎょうき〕、菅原寺で没(82歳)生駒山東陵で火葬、墓を結界し多宝塔を建立する 『大僧正舎利瓶記』   行基墓誌〔ぎょうきぼし〕残欠(奈良国立博物館蔵)  
奈良 749〔天平21〕   竹林寺 行基〔ぎょうき〕墓(国指定史跡)
行基〔ぎょうき〕墓の写真
 
奈良 759〔天平宝字3〕       『万葉集』編纂
奈良 773〔宝亀4〕 生馬〔いこま〕(大和)など5院へ田三町施入される 『続日本紀』      

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平安時代から南北朝時代  
時代 西暦〔元号〕 生駒のおもなできごと 生駒の文化財
所在場所
生駒の文化財名称 日本史・世界史
平安 784〔延暦3〕       長岡京に都を移す
平安 794〔延暦13〕       平安京に都を移す
平安 927〔延長5〕 『延喜式』完成(神名帳に往馬坐伊古麻都比古〔いこまにいますいこまつひこ〕神社・伊射奈岐〔いざなぎ〕神社の記載)      
平安 935〔承平5〕       平将門の乱
平安 1016〔長和5〕       藤原道長が摂政となる
平安 1051〔永承6〕 鷹山庄興福寺雑役免田〔ぞうえきめんでん〕の記載 『興福寺雑役免帳』     前九年の役
平安 1083〔永保3〕       後三年の役
平安 1086〔応徳3〕       院政始まる
平安 1156〔保元元〕       保元の乱(武士の中央進出)
平安 1159〔平治元〕       平治の乱
平安 1167〔仁安2〕       平清盛が太政大臣となる
平安 1180〔治承4〕       源平の内乱  東大寺・興福寺兵火(〜85 平氏滅亡)
平安 1181〔養和元〕 養和年間(〜82)長弓寺伽藍焼失      
平安 1185〔文治元〕       諸国に守護・地頭を置く
鎌倉 1192〔建久3〕       源頼朝が征夷大将軍となる
鎌倉 1221〔承久3〕       承久の乱
鎌倉 1224〔貞応3〕 長弓寺大般若経600巻を施入する(奥書)      
鎌倉 1226〔嘉禄2〕   宝山寺 紙本墨画十巻抄〔しほんぼくがじゅっかんしょう〕  
鎌倉 1232〔貞永元〕       御成敗式目制定
鎌倉 1235〔文暦2〕 行基墓から行基の舎利瓶が発見される      
鎌倉 1257〔正嘉元〕   法楽寺 薬師如来〔やくしにょらい〕坐像  
鎌倉 1259〔正元元〕   往生院 宝篋印塔〔ほうきょういんとう〕(重要文化財)
宝篋印塔〔ほうきょういんとう〕の写真
 
鎌倉 1270〔文永7〕     自然石線刻阿弥陀如来〔あみだにょらい〕立像  
鎌倉 1270〔文永7〕   興融寺 五輪塔  
鎌倉 1274〔文永11〕       文永の役
鎌倉 1279〔弘安2〕   長弓寺 長弓寺本堂(国宝)
長弓寺本堂の写真
 
鎌倉 1279〔弘安2〕   一分コモリ遺跡    
鎌倉 1281〔弘安4〕       弘安の役
鎌倉 1293〔永仁元〕   円福寺 宝篋印塔〔ほうきょういんとう〕(重要文化財)  
鎌倉 1294〔永仁2〕   応願寺 地蔵菩薩〔じぞうぼさつ〕立像  
鎌倉 1294〔永仁2〕   石仏寺 阿弥陀〔あみだ〕三尊像  
鎌倉 1297〔永仁5〕       徳政令が出される
鎌倉 1298〔永仁6〕   福満寺 地蔵菩薩〔じぞうぼさつ〕立像  
鎌倉 1303〔嘉元元〕   竹林寺 忍性〔にんしょう〕墓骨蔵器(重要文化財)
忍性〔にんしょう〕墓骨蔵器の写真
忍性〔にんしょう〕没(87歳)
鎌倉 1304〔嘉元2〕   無量寺 五輪塔残欠  
鎌倉 1306〔嘉元4〕   石仏寺 阿弥陀〔あみだ〕如来立像  
鎌倉 1333〔元弘3〕 法楽寺、元弘の乱の兵火で焼失する      
鎌倉 元弘3(正慶2)   教弘寺 五輪塔 鎌倉幕府滅亡  建武の新政
南北朝 1334〔建武元〕 往馬大社〔いこまたいしゃ〕、諸役免許の院宣を賜わる      
南北朝 1336〔延元元・建武3〕       後醍醐天皇が吉野に移る
南北朝 1338〔延元3・暦応元〕       足利尊氏が征夷大将軍となる
南北朝 1371〔建徳2・応安4〕   円福寺 円福寺本堂(重要文化財)
円福寺本堂の写真
 
南北朝 1378〔天授4・永和4〕       足利義満が室町に幕府を移す
南北朝 1392〔元中9・明徳3〕       足利義満が南北朝を合一する

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室町時代
時代 西暦〔元号〕 生駒のおもなできごと 生駒の文化財
所在場所
生駒の文化財名称 日本史・世界史
室町 1399〔応永6〕 鷹山庄、興福寺一乗院領の記載 『興福寺造営段米田数帳』      
室町 1404〔応永11〕       勘合貿易(日明貿易)始まる
室町 1420〔応永27〕       朝鮮使節の来日
室町 1423〔応永30〕   宝山寺 能本世阿弥筆〔のうほんぜあみひつ〕  盛久  
室町 1424〔応永31〕   宝山寺 能本世阿弥筆〔のうほんぜあみひつ〕  タタツノサエモン  
室町 1424〔応永31〕   宝山寺 能本世阿弥筆〔のうほんぜあみひつ〕  江口  
室町 1426〔応永33〕   宝山寺 能本世阿弥筆〔のうほんぜあみひつ〕  雲林院  
室町 1427〔応永34〕   宝山寺 観世世阿弥能楽伝書〔かんぜぜあみのうがくでんしょ〕  熊本トモアキラ  
室町 1428〔応永35〕   宝山寺 観世世阿弥能楽伝書〔かんぜぜあみのうがくでんしょ〕  六義 京都付近に土一揆
室町 1429〔正長2〕   宝山寺 能本世阿弥筆〔のうほんぜあみひつ〕  附弱法師 琉球の統一
室町 1437〔永享9〕   宝山寺 観世世阿弥能楽伝書〔かんぜぜあみのうがくでんしょ〕  花鏡  
室町 1441〔嘉吉元〕 『興福寺官務牒疏』に宝幢寺の寺名記載      
室町 1462〔寛正3〕 「伊狗寺(鶴林寺)ヲントリ焼亡」の記載 『大乗院寺社雑事記』      
室町 1466〔文正元〕   宝山寺 金春禅竹能楽伝書〔こんぱるぜんちくのうがくでんしょ〕  六輪一露秘註  
室町 1467〔応仁元〕       応仁の乱(〜77)
室町 1468〔応仁2〕   宝山寺 金春禅竹能楽伝書〔こんぱるぜんちくのうがくでんしょ〕  猿楽縁起  
室町 1474〔文明6〕 高山八幡宮・法楽寺、筒井方の秋篠氏の戦火により焼失する。真弓寺は無事 『大乗院寺社雑事記』
高山八幡宮の写真
     
室町 1482〔文明14〕 畠山義就、義兄畠山政長を河内古市城に破り、大和への侵入を企てる。「平群谷・生駒谷・鳥見谷などの在所在所を、鷹山並に河内勢之を焼き払う。昨日も鳥見谷に於て合戦あり」 『大乗院寺社雑事記・文明14年12月2日の条』      
室町 1482〔文明14〕 幕府、興福寺に命じて畠山義就の党を討伐      
室町 1482〔文明14〕 鷹山氏、畠山政長派に加勢      
室町 1485〔文明17〕       山城国一揆
室町 1488〔長享2〕       加賀一向一揆
室町 1492〔明応元〕   円楽寺 五輪塔残欠「頼榮」  
室町 1498〔明応7〕 竹林寺、兵火により焼失  古市氏が高山城を根拠として秋篠氏・宝来氏と合戦      
室町 1500〔明応9〕 鷹山頼栄(初代)没 『鷹山家略譜』      
室町 1504〔永正元〕 鷹山頼秀(二代)没 『鷹山家略譜』      
室町 1519〔永正16〕 鷹山頼宗(四代)没 『鷹山家略譜』      
室町 1523〔大永3〕 高山頼慶没 円楽寺 五輪塔残欠「頼栄」  
室町 1528〔大永8〕 鷹山・矢田・超昇寺の三人衆と秋篠氏との戦いで薬師寺西塔を焼く 『興福寺修二会文書』      
室町 1540〔天文9〕 鷹山頼春(三代)没(墓塔)      
室町 1543〔天文12〕       鉄砲の伝来
室町 1544〔天文13〕 鷹山・十市の援兵600人、7月29日柳生城落城 『多聞院日記』      
室町 1549〔天文18〕       キリスト教の伝来
室町 1550〔天文19〕   円証寺 五輪塔(重要文化財)
五輪塔の写真
筒井順昭没(27歳)
室町 1553〔天文22〕 鷹山弘頼(六代)河州高屋古市城で自害(37歳) 『鷹山家略譜』 円楽寺 五輪塔残欠「弘頼」  
室町 1558〔永禄元〕   法楽寺 賓頭虜尊者〔びんずるそんじゃ〕坐像  
室町 1561〔永禄4〕 高山八幡宮拝殿建立  棟札銘「檀主鷹山藤光」 竹林寺 獅子像  
室町 1567〔永禄10〕 法楽寺松永弾正久秀の兵火により炎上、所領没収     東大寺大仏殿焼失
室町 1568〔永禄11〕 法楽寺、壇主鷹山藤光により再建     織田信長が京都に入る
室町 1572〔元亀3〕   高山八幡宮 高山八幡宮本殿(重要文化財)
高山八幡宮本殿の写真
 

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安土桃山時代
時代 西暦〔元号〕 生駒のおもなできごと 生駒の文化財
所在場所
生駒の文化財名称 日本史・世界史
桃山 1573〔天正元〕       信長が室町幕府をほろぼす
桃山 1577〔天正5〕 鷹山頼貞・頼盛兄弟、信貴山城の松永久秀に加担する      
桃山 1577〔天正5〕 頼貞は摂津有岡城へ、頼盛は関東へのがれる      
桃山 1577〔天正5〕 長弓寺織田信長により寺領没収      
桃山 1578〔天正6〕   教弘寺 役行者〔えんのぎょうじゃ〕像  
桃山 1579〔天正7〕 竹林寺忍性〔にんしょう〕墓塔より骨瓶発掘 『良遍上人舎利縁起』      
桃山 1582〔天正10〕       本能寺の変  太閤検地始まる
桃山 1590〔天正18〕       秀吉が全国を統一する
桃山 1592〔文禄元〕 長弓寺、寺領700石没収される     文禄の役(1597慶長の役)朱印船貿易始まる
桃山 1592〔文禄元〕 高山・鹿畑、旗本堀田・森氏の所領となる      
桃山 1600〔慶長5〕       関ヶ原の戦い
桃山 1601〔慶長6〕   宝山寺 柳生剣法許状「新陰流兵法目録事〔しんかげりゅうへいほうもくろくのこと〕」
柳生剣法許状「新陰流兵法目録事〔しんかげりゅうへいほうもくろくのこと〕」の写真
 
桃山 1602〔慶長7〕 竹林寺、徳川家康から寺領安堵の朱印状を受ける      

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江戸時代
時代 西暦〔元号〕 生駒のおもなできごと 生駒の文化財
所在場所
生駒の文化財名称 日本史・世界史
江戸 1603〔慶長8〕       徳川家康が征夷大将軍となる
江戸 1603〔慶長8〕頃 「慶長郷帳」(生駒内所領地21ヶ村)  高山村(東方)・鹿畑村-----旗本堀田一継領  高山村(西方)-----旗本森可澄領  上・東田原村-----天領(代官小堀政一)  小明・俵口・谷田・山崎・辻・菜畑村-----竜田藩領(片桐旦元)  壱分・有里・萩原・小瀬・小平尾・藤尾・大門・鬼取・小倉寺・西畑村-----天領(代官大久保長安)      
江戸 1608〔慶長13〕 鷹山頼一、大和五條二見の松倉重政に仕える      
江戸 1615〔元和元〕 坂上尊忠、道明寺で戦死、甥鷹山頼茂(13歳)を高山へ帰す 『鷹山家略譜』     大坂夏の陣  豊臣氏滅亡
江戸 1615〔元和元〕 上・東田原と南生駒の天領が郡山藩領となる     最初の武家諸法度
江戸 1619〔元和5〕 郡山藩領14ヶ村4,500石となる      
江戸 1624〔寛文元〕 黒添池〔くろんどいけ〕築造工事着手
黒添池〔くろんどいけ〕の写真
     
江戸 1624〔寛文元〕頃 大乗滝寺〔だいじょうたきでら〕、沙門幽音により再興される      
江戸 1629〔寛永6〕 湛海〔たんかい〕、伊勢国で生まれる(宝山寺へ)      
江戸 1630〔寛永7〕 高山村(東方)・鹿畑村領主堀田一継没(81歳)、一純継ぐ      
江戸 1633〔寛永10〕 鷹山頼茂、京極氏に仕え宮津に住む 『鷹山家略譜』      
江戸 1637〔寛永14〕       島原の乱
江戸 1638〔寛永15〕 高山村西方領主旗本森可澄没(54歳)、可久継ぐ      
江戸 1639〔寛永16〕 上・南北田原・南生駒14ヶ村に併せて、北生駒6ヶ村(小明・俵口・谷田・山崎・辻・菜畑)が郡山藩領に編入される     ポルトガル人の来航禁止
江戸 1648〔慶安元〕 公慶(鷹山頼茂の子)、宮津で生まれる      
江戸 1649〔慶安2〕       慶安の御触書
江戸 1659〔万治2〕 高山村西方領主旗本森可久没、長重継ぐ      
江戸 1663〔寛文3〕 法楽寺再建、中興松寿院実盛上人源藤光が檀主 『法楽寺略縁起』      
江戸 1667〔寛文7〕 高山村東方・鹿畑領主堀田一純没、一幸継ぐ      
江戸 1670〔寛文10〕       箱根用水
江戸 1678〔延宝6〕 宝山寺般若窟〔はんにゃくつ〕へ湛海律師〔たんかいりつし〕入山  東田原村、北田原村と南田原村に分かれる  天領乙田村の再検地実施される 宝山寺 寺地寄進状「指上申一札之事〔さしあげもうすいっさつのこと〕」  
江戸 1679〔延宝7〕 山崎・壱分・藤尾・大門・鬼取・小倉寺・西畑・乙田(吉田源左衛門領、御餌指新三郎領を除く)・上村以上9ヶ村を郡山領とする      
江戸 1679〔延宝7〕 旗本松平信重、北田原・南田原・小明・辻・俵口・谷田・菜畑・有里・萩原・小瀬・小平尾以上11ヶ村5千石を所領とする(以後幕末まで190年間続く)  辻村に松平氏領の陣屋を置く      
江戸 1681〔天和2〕 宝山寺湛海律師〔たんかいりつし〕、弥勒菩薩像〔みろくぼさつぞう〕を造立、大聖無動寺と称する 宝山寺 弥勒菩薩〔みろくぼさつ〕坐像
弥勒菩薩〔みろくぼさつ〕坐像の写真
 
江戸 1685〔貞享2〕 法楽寺(高山)、公慶大仏殿再建祈願の大法を7日間修す(公慶上人立願状)     生類憐みの令
江戸 1686〔貞享3〕 法楽寺に公慶大仏殿再建の大願成就を再祈願 法楽寺 公慶立願状〔こうけいりゅうがんじょう〕  
江戸 1686〔貞享3〕 宝山寺湛海律師「霊感記」を記す      
江戸 1686〔貞享3〕 鷹山頼茂没(85歳) 『鷹山家略譜』      
江戸 1688〔貞享5〕 宝山寺本堂建立
宝山寺の写真
     
江戸 1688〔元禄元〕頃 乙田の御餌指領、天領となる      
江戸 1692〔元禄5〕       井原西鶴「世間胸算用」  東大寺大仏開眼供養
江戸 1693〔元禄6〕 高山村西方領主森長重没、長囿継ぐ      
江戸 1694〔元禄7〕 松尾芭蕉、暗峠を通過。後大坂で没(51歳)
暗峠の写真
     
江戸 1697〔元禄10〕 高山村東方・鹿畑村領主堀田一幸没、一之継ぐ      
江戸 1701〔元禄14〕 高山村東方・鹿畑村領主堀田一徳になる 宝山寺 厨子入木造五大明王像〔ずしいりごだいみょうおうぞう〕(重要文化財)
厨子入木造五大明王像〔ずしいりごだいみょうおうぞう〕の写真
 
江戸 1703〔元禄16〕 大乗滝寺〔だいじょうたきでら〕、宝山寺湛海律師〔たんかいりつし〕に永代附属する
大乗滝寺〔だいじょうたきでら〕の写真
     
江戸 1704〔宝永元〕       大和川のつけかえ
江戸 1706〔宝永3〕   西方寺 天得如来十一尊来迎図〔てんとくにょらいじゅういっそんらいごうず〕  
江戸 1707〔宝永4〕 宝永大地震(10月4日)      
江戸 1707〔宝永4〕 高山村東方・鹿畑村領主、堀田一仲になる      
江戸 1708〔宝永5〕   善修寺 不動明王〔ふどうみょうおう〕坐像  
江戸 1709〔宝永6〕   宝山寺 聖観音菩薩〔しょうかんのんぼさつ〕立像 正徳の治  東大寺大仏殿再建
江戸 1709〔宝永6〕   宝山寺 地蔵菩薩〔じぞうぼさつ〕立像  
江戸 1709〔宝永6〕   宝山寺 不動明王〔ふどうみょうおう〕立像  
江戸 1716〔正徳6〕 宝山寺湛海律師〔たんかいりつし〕没(88歳)
湛海律師〔たんかいりつし〕坐像の写真
     
江戸 1716〔享保元〕       享保の改革
江戸 1721〔享保6〕 地福寺、洞水律師により本堂・食堂・浴堂・庫裏・門造立      
江戸 1724〔享保9〕 往馬大社〔いこまたいしゃ〕社坊11ヶ寺の記載 『生馬大明神明細帳』      
江戸 1732〔享保17〕 黒添池〔くろんどいけ〕池面拡張工事     享保の大飢饉
江戸 1735〔享保20〕 法楽寺本堂・鎮守・鐘楼・経蔵その他寺宝等火難をこうむる      
江戸 1735〔元文元〕 地福寺洞水、銅鐘を鋳し鐘楼を建立、伽藍が成立する      
江戸 1738〔元文3〕 黒添池〔くろんどいけ〕普請      
江戸 1742〔寛保2〕       公事方御定書
江戸 1743〔寛保3〕 郡山藩主宝山寺参詣(以後再々行う)      
江戸 1747〔延享4〕 地福寺洞水律師没(84歳)      
江戸 1754〔宝暦4〕 素盞嗚〔すさのお〕神社社殿改築      
江戸 1764〔明和元〕 高山村東方・鹿畑村領主堀田一敦になる      
江戸 1766〔明和3〕 宝山寺火災      
江戸 1767〔明和4〕 黒添池〔くろんどいけ〕大改修工事      
江戸 1771〔明和8〕       伊勢おかげ参り流行
江戸 1772〔安永元〕       田沼意次老中となる
江戸 1774〔安永3〕 矢野弥藤太が旗本松平氏の代官となる      
江戸 1781〔天明元〕 高山村東方・鹿畑村領主旗本堀田一定になる      
江戸 1783〔天明3〕       天明の大飢饉(〜87)
江戸 1784〔天明4〕 大飢饉(郡山藩500人に救米を出す)      
江戸 1786〔天明6〕 矢野弥惣右衛門が大庄屋、陣屋役人となる      
江戸 1786〔天明6〕 生駒谷大洪水(7月)      
江戸 1787〔天明7〕       寛政の改革
江戸 1789〔寛政元〕 高山村西方領主旗本森和吉没、森長延継ぐ      
江戸 1791〔寛政3〕   萩の台 乙田村荒所絵図  
江戸 1801〔享和1〕 乙田領の一部(元御餌指新三郎・現天領)を郡山藩(柳沢保光)に編入、南乙田村と称する      
江戸 1802〔享和2〕   萩の台 和州平群郡乙田村荒所絵図  
江戸 1803〔享和3〕 黒添池〔くろんどいけ〕工事竣工(寛永以来181年)      
江戸 1803〔享和3〕 矢野弥平太が辻村庄屋から陣屋本役見習となる      
江戸 1811〔文化8〕 矢野弥平太が陣屋主役人(代官)となる      
江戸 1813〔文化10〕 郡山藩主が宝山寺参詣(寛保3年以来再三行われる)      
江戸 1824〔文政7〕 生駒谷11ケ村で大規模な検見実施、松平次郎が領主となり、年貢増高(1割5分増314石)      
江戸 1825〔文政8〕       異国船打払令
江戸 1826〔文政9〕 住吉神社本殿・狛犬・石灯籠造立      
江戸 1830〔文政13〕     大神宮おかげまいり柄杓〔ひしゃく〕 四国阿波から大規模なおかげ参り起こる(約500万人)
江戸 1830〔文政13〕   法楽寺 僧形八幡神〔そうぎょうはちまんしん〕坐像女神坐像厨子  
江戸 1833〔天保4〕       天保の大飢饉(〜36)
江戸 1837〔天保8〕       大塩平八郎の乱
江戸 1838〔天保9〕 鹿畑神宮寺法印祐慶建立      
江戸 1841〔天保12〕       天保の改革
江戸 1842〔天保13〕 宝山寺が南都奉行の巡見を受ける(以後十数度) 『南都御奉行巡見記録』      
江戸 1843〔天保14〕     和州平群郡乙田村荒所絵図  
江戸 1844〔天保15〕   素盞嗚〔すさのお〕神社 地すべり救済図絵馬
地すべり救済図絵馬の写真
 
江戸 1846〔弘化3〕 善修寺本堂再建      
江戸 1853〔嘉永6〕 宝山寺奥之院本堂炎上     ペリー来航
江戸 1854〔嘉永7〕 大地震(6月15日、11月4・5日) 伊弉諾〔いざなぎ〕神社 武者図絵馬 安政地震
江戸 1854〔安政元〕       日米和親条約
江戸 1856〔安政3〕 宝山寺奥之院本堂再建      
江戸 1858〔安政5〕       日米修好通商条約  安政の大獄
江戸 1860〔万延元〕       桜田門外の変
江戸 1861〔文久元〕 矢野政敏が代官となる      
江戸 1863〔文久3〕 天誅組伴林光平が北田原一軒茶屋で捕えられる     薩英戦争
江戸 1863〔文久3〕 宝山寺火災     大和天誅組の変
江戸 1864〔元治元〕       下関砲撃事件・長州出兵
江戸 1865〔元治2〕   高山八幡宮 奈良晒〔ならさらし〕図絵馬  
江戸 1865〔慶応元〕 旗本堀田氏領高山村庄屋中谷吉兵衛が旗本札を発行する      
江戸 1866〔慶応2〕       薩長同盟の成立
江戸 1867〔慶応3〕 おかげ参りの集団、枚方から生駒を通過     大政奉還・王政復古の大号令(江戸幕府滅亡)

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明治時代から大正時代
時代 西暦〔元号〕 生駒のおもなできごと 生駒の文化財
所在場所
生駒の文化財名称 日本史・世界史
明治 1868〔慶応4〕 鳥羽伏見の戦い起こり、砲音聞こえる。敗兵高山を経て伊勢へ向う      
明治 1868〔慶応4〕 小瀬村はじめ旗本松平氏領11ヶ村に矢野騒動起こる
小瀬村傘型連判状の写真
  菜畑村一統傘型連判〔れんぱん〕状  小瀬村傘型連判状  
明治 1868〔明治元〕       戊辰戦争  五か条の御誓文  五榜の掲示  神仏分離令
明治 1869〔明治2〕       東京を首都とする  版籍奉還
明治 1870〔明治3〕 旗本堀田氏領上知、高山村東方・鹿畑村が奈良県に編入される      
明治 1871〔明治4〕 廃藩置県により、郡山藩は郡山県となる。さらに郡山県が廃され、大和一円は奈良県となる(県知事  四条隆平)     廃藩置県  「解放令」  岩倉具視らの欧米使節団
明治 1872〔明治5〕 竜王塚で美努岡萬連墓誌〔みののおかまろむらじのぼし〕が発見される   寺子児童掟〔てらこじどうおきて〕  
明治 1873〔明治6〕       徴兵令  地租改正
明治 1874〔明治7〕 竹林寺が廃寺となる     民撰議院設立の要求(自由民権運動の始まり)
明治 1874〔明治7〕 学校開設(辻に優柔舎、高山八幡宮に温新舎、長弓寺に清明館、南田原長楽寺に清明館、山崎安養寺に立本舎、有里竹林寺に開明舎を設立)      
明治 1874〔明治7〕 谷田郵便局開設、上村に郵便局取扱所設置(後に局舎高山に移転)      
明治 1875〔明治8〕 小瀬・大門・俵口に支校設立      
明治 1876〔明治9〕       日朝修好条規
明治 1877〔明治10〕       西南戦争
明治 1878〔明治11〕 美努岡萬〔みののおかまろ〕の墓碑建立 『堺県令碑文』      
明治 1879〔明治12〕 高山茶筌、内国勧業博覧会(大阪)に出品      
明治 1880〔明治13〕 大乗滝寺〔だいじょうたきでら〕に岡村閑翁、広教学舎を開設     国会期成同盟
明治 1881〔明治14〕       国会開設の勅論、自由党結成
明治 1882〔明治15〕 宝山寺獅子閣上棟 「棟札銘」     立憲改進党結成、伊藤博文らの渡欧
明治 1883〔明治16〕 菜畑小学校、壱分分教場設置      
明治 1884〔明治17〕 高山村以下5ヶ村組合役場設立  山崎村外6ケ村連合設立 宝山寺 宝山寺獅子閣〔ししかく〕(重要文化財)  
明治 1885〔明治18〕 小瀬村外9ヶ村連合設立     内閣制度開始
明治 1885〔明治18〕 大乗滝寺、真言宗中学林開設、寄宿舎を付設      
明治 1885〔明治18〕 高山に茶筌職組合設立      
明治 1886〔明治19〕 高山・鹿畑・上・田原・山崎・小瀬小学校を各尋常小学校と改称      
明治 1889〔明治22〕 北倭村、北生駒村、南生駒村発足(4月1日)  県内154町村となる     大日本帝国憲法の発布
明治 1889〔明治22〕 大乗滝寺〔だいじょうたきでら〕、慈愍〔じみん〕学校を設置(明治26年まで)      
明治 1890〔明治23〕 天然生駒氷(谷田)の製造始まる     第一回帝国議会の開会
明治 1891〔明治24〕 山崎尋常小学校を謄駒尋常小学校と改称(翌年、生駒尋常小学校と再改称)      
明治 1894〔明治27〕       治外法権の撤廃  日清戦争(〜95)
明治 1895〔明治28〕       下関条約・三国干渉
明治 1897〔明治30〕 添下・平群を合わせて生駒郡となる。郡山に郡役所設置      
明治 1900〔明治33〕 農会を3村に各々設立  北倭村村是がまとめられる      
明治 1902〔明治35〕       日英同盟
明治 1903〔明治36〕 鹿畑地すべり起きる      
明治 1904〔明治37〕   素盞嗚〔すさのお〕神社 井戸掘り図絵馬 日露戦争(〜05)
明治 1905〔明治38〕       ポーツマス条約
明治 1909〔明治42〕        
明治 1910〔明治43〕       大逆事件  韓国併合
明治 1911〔明治44〕 北倭村全国模範村となる(全国8ヶ村)     関税自主権の回復(条約改正完成)
明治 1911〔明治44〕 高山郵便局・生駒郵便局、電話業務取扱開始      
大正 1914〔大正3〕 生駒トンネル貫通、大軌電車奈良〜上六間開通     第一次世界大戦(〜18)
大正 1914〔大正3〕 上村で金鵄会結成      
大正 1914〔大正3〕 地福寺廃寺となる      
大正 1918〔大正7〕 生駒ケーブル開通(鳥居前〜宝山寺間、日本最初)   生駒ケーブル
生駒ケーブルの写真
米騒動、原敬の政党内閣が成立
大正 1919〔大正8〕 乗合バス(高山〜富雄間)開通      
大正 1919〔大正8〕 岡村閑翁、宝山寺で没(93歳)      
大正 1920〔大正9〕 高山城跡に十三重石塔建立(松尾新田から移転)     国際連盟に加入
大正 1920〔大正9〕 生駒全域に電灯点火する      
大正 1921〔大正10〕 北生駒村、生駒町と改称      
大正 1921〔大正10〕 月刊「愛郷」(新聞)創刊(主幹北倭村久保健次郎)      
大正 1921〔大正10〕 北倭小作人組合が結成される      
大正 1922〔大正11〕 北倭小作人組合が日本農民組合に加盟     全国水平社の結成
大正 1923〔大正12〕       関東大震災
大正 1925〔大正14〕 第六十八銀行生駒出張所開店(本店は明治12年郡山に創立)     治安維持法の成立・普通選挙制
大正 1925〔大正14〕 生駒電気鉄道株式会社設立(発起人  駒井藤平)      
大正 1925〔大正14〕 生駒登山自動車開通(生駒駅前〜宝山寺間、生駒駅前〜私市間)      
大正 1926〔大正15〕 生駒電気鉄道・信貴電気鉄道と合併、信貴生駒電気鉄道株式会社設立  生駒ケーブル複線開通      

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昭和時代から平成時代
時代 西暦〔元号〕 生駒のおもなできごと 生駒の文化財
所在場所
生駒の文化財名称 日本史・世界史
昭和 1927〔昭和2〕       金融恐慌
昭和 1928〔昭和3〕 生駒〜北田原間バス開通      
昭和 1929〔昭和4〕 生駒ケーブルカー生駒山上まで延長開通  生駒山上遊園地開設      
昭和 1930〔昭和5〕 北倭村、南生駒村各産業組合設立      
昭和 1931〔昭和6〕 生駒町立上水道給水開始     満州事変が始まる
昭和 1932〔昭和7〕       五・一五事件おこる
昭和 1933〔昭和8〕 山崎に生駒町役場 新築   旧生駒町役場庁舎 国際連盟を脱退
昭和 1934〔昭和9〕 室戸台風通過(北倭第四尋常小学校舎倒壊、児童6名死亡など)      
昭和 1935〔昭和10〕 乙田松栄〔まつえ〕座最終公演
松栄〔まつえ〕座の写真
     
昭和 1936〔昭和11〕       二・二六事件おこる
昭和 1937〔昭和12〕       日中戦争が始まる
昭和 1939〔昭和14〕 生駒山上に気象観測所設置  生駒町産業組合設立      
昭和 1940〔昭和15〕 上村「神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑」建立     日独伊三国軍事同盟
昭和 1941〔昭和16〕 登山自動車廃止     太平洋戦争が始まる
昭和 1944〔昭和19〕 南生駒国民学校、集団疎開児童を受入れる      
昭和 1945〔昭和20〕 生駒付近焼夷弾攻撃を受ける(6月15日)     原子爆弾の投下、ポツダム宣言 − 敗戦  政党復活・財閥解体  女性の参政権
昭和 1946〔昭和21〕 宝山寺、滝寺に戦災弧児収容施設として愛染寮開設     天皇「人間宣言」  農地改革  日本国憲法の公布(47・5施行)
昭和 1947〔昭和22〕 生駒トンネル内電車火災事故(死者28名)     教育基本法・労働基準法公布
昭和 1947〔昭和22〕 乙田共栄演劇倶楽部〔きょうえいえんげきくらぶ〕結成される      
昭和 1948〔昭和23〕 北倭・生駒・南生駒各農業協同組合発足      
昭和 1949〔昭和24〕 生駒ケーブル複線化(鳥居前〜宝山寺間)      
昭和 1950〔昭和25〕 北倭土地改良区設立(理事長有山武兵衛)     警察予備隊の創設  朝鮮戦争
昭和 1951〔昭和26〕 天文博物館生駒山上に開設     サンフランシスコ平和条約  日米安全保障条約
昭和 1952〔昭和27〕 生駒山にテレビ塔の設置始まる      
昭和 1953〔昭和28〕       奄美諸島日本に返還
昭和 1954〔昭和29〕 乙田共栄演劇倶楽部〔きょうえいえんげきくらぶ〕最終公演     自衛隊の発足
昭和 1955〔昭和30〕 南生駒村、生駒町と合併(3月10日)     原水爆禁止世界大会
昭和 1956〔昭和31〕       ソビエト連邦と国交を回復  国際連盟に加盟
昭和 1957〔昭和32〕 北倭村、生駒町と合併(3月31日)      
昭和 1958〔昭和33〕 生駒町役場本町に新築移転      
昭和 1958〔昭和33〕 金剛生駒国定公園指定      
昭和 1959〔昭和34〕 阪奈有料道路開通(昭和30年着工)      
昭和 1960〔昭和35〕 宝山寺自動車道路開通     日米安全保障条約の改定
昭和 1961〔昭和36〕 有山武兵衛氏町長就任      
昭和 1962〔昭和37〕 生駒台住宅地造成完了      
昭和 1963〔昭和38〕 県立生駒高等学校開校      
昭和 1964〔昭和39〕 高山溜池完成      
昭和 1964〔昭和39〕 信貴生駒電鉄、近鉄と合併(近鉄生駒線)      
昭和 1964〔昭和39〕 近鉄新生駒トンネル、信貴生駒スカイライン開通      
昭和 1965〔昭和40〕 田原小学校、生駒台小学校に統合     日韓基本条約
昭和 1966〔昭和41〕 生駒町消防本部設置      
昭和 1968〔昭和43〕 近鉄東生駒駅新設     小笠原諸島が日本に返還
昭和 1969〔昭和44〕 国道163号線完成      
昭和 1970〔昭和45〕       日米新安全保障条約自動継続
昭和 1971〔昭和46〕 生駒市制施行(11月1日)、人口37,749人県内9番目(初代市長平本留吉氏)      
昭和 1972〔昭和47〕       沖縄が日本に返還  中国との国交正常化
昭和 1973〔昭和48〕 市総合基本計画策定  第1次総合基本計画策定  土地開発公社設立     石油危機、狂乱物価
昭和 1974〔昭和49〕 前川具治氏市長就任  県営水道から受水開始      
昭和 1975〔昭和50〕 富雄川流域公共下水道認可     国際婦人年世界会議に参加
昭和 1976〔昭和51〕 竜田川流域公共下水道認可     ロッキード事件
昭和 1977〔昭和52〕 (財)生活映像情報システム開発協会東生駒実験スタジオ(ハイ・オービス)開局      
昭和 1978〔昭和53〕 市民憲章制定     核兵器完全禁止・被爆者援護世界大会  日中平和友好条約に調印
昭和 1979〔昭和54〕 近鉄ケーブル線鳥居前駅移転      
昭和 1980〔昭和55〕 近鉄生駒線萩の台駅新設     イラン・イラク紛争
昭和 1981〔昭和56〕 市役所新庁舎完成(東新町)      
昭和 1982〔昭和57〕 第2次総合計画策定      
昭和 1982〔昭和57〕 生駒駅前大鳥居、宝山寺に移転      
昭和 1982〔昭和57〕 県道枚方大和高田線、国道168号線に認定      
昭和 1983〔昭和58〕 生駒駅前南口再開発事業完了      
昭和 1984〔昭和59〕 わかくさ国体ハンドボール競技会開催  昭和天皇ご臨席・ハイオービスご視察      
昭和 1985〔昭和60〕 竜田川浄化センター・山田川浄化センター供用開始     女子差別撤廃条約を批准
昭和 1986〔昭和61〕 円証寺奈良から移転     男女雇用機会均等法の施行
平成 1990〔平成2〕 竹野町・上北山村と友好都市提携  人口10万人超える  第3次総合計画策定      
平成 1991〔平成3〕 市制20周年記念式典挙行     バブル崩壊
平成 1993〔平成5〕 高山サイエンスタウンまち開き     東京サミット  連合政権誕生
平成 1994〔平成6〕 中本幸一氏市長就任      
平成 1995〔平成7〕 阪神淡路大震災生駒市救援対策本部設置     阪神・淡路大震災  地下鉄サリン事件
平成 1996〔平成8〕 阪奈トンネル貫通      
平成 1997〔平成9〕 生駒駅前北口第1地区市街地再開発事業竣工  第2阪奈道路開通      
平成 1998〔平成10〕 情報公開条例施行  竹林寺復興      
平成 1999〔平成11〕 近畿大学医学部奈良病院開院      
平成 2000〔平成12〕 小瀬保健福祉ゾーン内で温泉掘削成功  「小瀬の里温泉歓喜の湯」地域防災計画全面修正      
平成 2001〔平成13〕 市制30周年記念式典挙行     省庁再編  アメリカ同時多発テロ
平成 2004〔平成16〕 京阪奈新線白庭・東生駒トンネル貫通     自衛隊イラク派遣
平成 2006〔平成18〕 山下真氏市長就任  近鉄けいはんな線開業      
平成 2007〔平成19〕 生駒山・宝山寺周辺地域が「美しい日本の歴史的風土100選」に選定される。      
平成 2008〔平成20〕 男女共同参画都市宣言      
平成 2009〔平成21〕 2009近畿まほろば総体ソフトボール大会が開かれる。     新型インフルエンザ流行  民主党政権成立
平成 2010〔平成22〕 第5次生駒市総合計画策定     平城遷都1300年記念事業
平成 2011〔平成23〕 市制40周年記念式典挙行     東日本大震災
平成 2012〔平成24〕 ふくしまキッズinいこま開催     山中伸弥教授ノーベル生理学・医学賞受賞
平成 2013〔平成25〕

生駒市市民政策提案制度開始

   

富士山 世界文化遺産

平成 2014〔平成26〕 生駒ふるさとミュージアム開館
ベルテラスいこまオープン
    赤崎勇氏、天野浩氏、中村 修二氏 ノーベル物理学賞受賞
平成 2015〔平成27〕 小紫雅史氏 市長就任
生駒市立病院 開院
    北陸新幹線 開業

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